空気をよめる、気が利く。。
これって 仕事でいえば「使えるひと」
世間で言えば 「大人」の必須条件という風潮がありますよね。
確かに、私もそう思います。
しかしそんな風潮の中で これがただのアピールになってしまうきらいも
年々感じてしまうのも事実です。
白洲正子さんのエッセイの中に 確かこんな内容のものがありました。
誰がみても完璧な気の利く 賢い妻がいた。
夫が1を言えば10察し、痒いところには全て手が届く。
けれど 夫はある日妻に「うるさい、うっとうしい」と言う。
つまりあまり目から鼻に抜けるようでは 一緒にいる人は安らぎやくつろぎを
感じることができず、幸せではないということだと。。
一体だれのための 配慮なのか。。
まーさーにーーー
要は 気というものも 効かせようなんでしょうね。
なんでも承知しました、って感じで動いては
確かに 誰かを幸せにすることも愚か 自分もへとへとでしょうからね。。
人はみな、自分のために生きている
この動かしようのないリアルを受け入れて そこからどう
人と調和できるか。。
今後のあたいのテーマにもなりそうです。
いと むずかしす。